音、そして音楽

音に関する2つの本を読んだ。

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アニタ・T・サリヴァン 著
       岡田 作彦 訳

ピアノと平均律の謎
  調律師が見た音の世界 を読了



調律師は、ピアノを弾く者にとって大切なパートナー。
その調律師からピアノという楽器を見るとき、ピアノという楽器が「平均律」というものを課せられたために起こるひずみをどう対処していくのか?
私には、到底理解のできない世界を少しのぞいてみた。




ピアノは弦を持つ楽器でありながら、他の弦楽器のように演奏者が調弦をすることはない。
専門の調律師が「調律」をおこなう。
私達が 日頃当たり前のように耳にしている12の音(C・C♯・D・D♯・・・・・B)は、「平均律」というものが使われている。

ピアノという楽器は、250年ほど前に作られ改良されてきたわけだが、そこに「平均律」をのせて使われだしたのが150年ほど前。
平均律・・・・オクターブを12等分する音律。
12等分と数字上では理解できても、実際、音の振動数の比を突き詰めての話になるとさっぱりわからない私なのだが、オクターヴ以外の純協和音はどれも「ひずみ」があるというあたりは、興味深かった。

この本では、平均律はあくまで人間の合理性から生まれた音楽上の妥協だと記されている。
その妥協を抱えているため、「ピアノは抑圧された願望・反抗心・抑制・葛藤で、はち切れんばかりになっている」とも。
このあたりは、ピアノと対話しながら仕事をすすめる調律師ならではの感覚だろう。

ピアノの調律は1音1音、チューナーに照らし合わせていく作業ではない。
センターCから始まり、2つの音の「うなり」に耳を傾ける。 ひたすらピアノに寄り添いながら、音を聴く、そして、音を作り出して行く。
まったく濁りのない状態ではなく、少し外して調整していくらしい。

ここまで音を聞分けられる耳を 残念ながら私は持ち備えていないけれど
年に1~2回足を運び、我が家のピアノの心をじっくり聴いて調整してくれる調律師さんに 改めて感謝。



次に 手にした本は
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茂木 健一郎 著

すべては音楽から生まれる
   脳とシューベルト



今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのアンバサダーを務めた茂木さんの本なので、ちょっと戦略を感じながらも、電車の時間つぶしにと、買って読んでみた。

脳科学者の茂木さんといえば、「クオリア」
そのクオリアの観点でシューベルトの音楽を茂木流に分析していっている。
「シューベルトの音楽は、神の高みから降りてくるような誕生の仕方をしない。この作曲家はもともと人間世界の地に足をつけていて、それをなんら恥じることなく、素直でまっすぐで無理をしていない、というのが率直な印象である。私が彼を、等身大の作曲家である、と感じる所以だ。」
     (本文より抜粋)

本文の中では第4章で、ようやく脳の中で音楽がどのように伝達されていくのかを触れていっているが、私は、第5章の『ラ・フォル・ジュルネ』の仕掛け人(言葉が悪いかな?)であるルネ・マルタン氏との対談が面白かった。
この企画を立ち上げるまでのことや、マルタン氏が拘るライブ演奏のことなど。

それにしても、「ラ・フォル・ジュルネ」というフレーズは、もともとモーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》のサブタイトルから取っていたとは、知らなかった。
(オペラの原作は「Le Mariage de ou la folle Journee(フィガロの結婚、又はおかしな一日)」という戯曲。)
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by hello02 | 2008-05-11 15:52 |